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本を読んだ TUGUMI

海がある土地に全く縁が無い私には、海沿いの風景を思い描くことが難しい。けれども静謐で穏やかな文章がその行為を容易にする。まりあとつぐみが歩いた旅館までの道、静けさをまとった早朝の砂浜、夕日を受けて黄金に輝く海…。

この作品に登場する人物はその殆どが穏やかで、激しい感情の奔流を見せることが無く、素朴で優しい。だからこそ自由を体現するつぐみの存在が際立っている。病弱で生意気で、周囲を困らせるのが得意なつぐみ。常に死の不安に脅かされているはずなのに、その気配すら感じさせないのは意図してのことなのか、それとも生来の気質なのか。いずれにせよ、この生命力に乏しいはずのつぐみから放たれる瑞々しい生気に惹かれるのは私だけではないはずだ。周囲を振り回す、そしてまりあを騙すためには体調を崩すことも厭わない、どちらかというと敬遠されるような性格をしているつぐみには、普通の人間には無い健気さや必死さを読み取ることが出来る。生に対して全力で向き合っているとでも言おうか、ともかくつぐみはこの静かな海沿いの町、そして静かな登場人物達とは対称的に、激しく火花を散らして生きている。打ち上げ花火のような一瞬の輝きをつぐみは持っているのだ。この輝きこそがつぐみをつぐみたらしめているのだろう。こう表現するとつぐみが絶対に死なない頑強な精神の持ち主なのかと思いたくなるが、本人は既に自分の死を真摯に受け止め、まりあに遺書を送っている。何回も書き直し、実際にまりあへ送った遺書に「何にしても、この町で死ねるのは嬉しいことです。」と19歳の少女が書けてしまうことに、読んでいるこちらが悲しくなってしまった。死を予感していたからこその生意気さだったのか、これは本人にしか分からないだろう。

全体を通して静かな時の流れを感じさせ、人間が持つ負の汚らしい感情とは無縁で読みやすい。透明で、素朴で、後ろを向くことなく逞しく生きる登場人物達がとても魅力的な作品だった。