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18歳の後悔

授業中はホトトギスの鳴き声が教室まで響き、雨の降る日は校庭が霞みに覆われるような、文字通り山の中にある学校で中高の6年間を過ごした。春は学校中の桜が咲き乱れ、夏は蝉時雨、秋はイチョウとモミジの絨毯、冬は雪。校内の風景だけはとても気に入っていた。帰りのホームルームが終わってから立ち入り禁止の屋上に侵入して、日の入りをずっと眺めていたこともある。恐らくこの6年間はそれなりに満足して過ごしていたと思うが、一つだけ後悔が残っている。

 

Oというクラスメイトがいた。このOが実に奇妙で、胸ポケットにはいつもエリンギの形をしたペンを入れ、廊下で友達を見つけると子犬のように跳ね回っていた。私も昼休みは山の中や屋上で昼寝をする変わった生徒だったが、このOも似たようなタイプだったのだろう。初夏の雨上がりに、学校の端で木の幹にびっしりと生えた苔から湯気が立ちのぼる様子をじっと見ていたらいつの間にか横にOがいたこともあった。

高校3年の12月。センター試験まで1ヶ月という全受験生がピリピリしている時期である。全生徒が大学進学を前提とする学校だったので、もちろん私も受験勉強(のフリ)をしていた。クラスメイトは全員真面目で休み時間にはそれなりに会話していたけれども、始業前は誰もが黙って単語帳や参考書に蛍光ペンを走らせる。そんな重い空気が漂うなか、朝の9時頃から猛烈に雪が降り始め、昼休みには学校中が真っ白になる日があった。帰りが面倒だとため息をつく、あまりの寒さに学校指定のダサいジャージを羽織る。大体の生徒がそんな感じになっていた。私が外を意味も無く眺めていると、食堂から戻ってきたらしく教室の引き戸を勢いよく開けたOは新雪に足跡を付けに行こうと片っ端からクラスメイトを誘い始めた。こんな時期に風邪でも引いたら受験勉強に支障が出ると誰もが断っていた。そして私の番。何故だか断れる気がせず、勉強から逃げたかった私は二つ返事で誘いに乗り、私達二人だけで誰も居ない校庭に降りて幼稚園児のようにはしゃいだ。校舎の構造上どの教室からも校庭は見えない。世界から私達以外が居なくなったかのような錯覚に陥っていた。雪が激しく降っていて、異様なまでに静かな校庭に私とOの声だけが聞こえる。世界から私達以外が消えたらこうなるのか、と下らないことを考えながら雪をかけあった。そんなことがあってOは私を無害な存在と認識したらしく、雪が積もる教室のベランダで私が昼寝をしていると隣に寝転んでくるようになった。

それから数週間経ったある日、勉強から逃げるために私はいつものようにベランダで寝転がっていた。頭上には吸い込まれそうな黒とでも表現できそうな青い空。隣に寝転んできたOは空を見てこう言った。

「空が高いねぇ」

この言葉に私は全肯定するべきだった。なのに、今ほどではないが精神がねじれていた私は人の意見感想を素直に肯定することが出来ず、

「夏の方が高いよ」

と言ってしまったのだ。

Oはその言葉を聞いて、何も言わずにまた空を見上げていた。

それからすぐにセンター試験が始まり、既に授業が終わっていたために私は学校へ行かなくなった。卒業式の時にOへ謝れば良かったのに何故か私は気が引けて、そのまま下校してしまった。以来Oどころかクラスメイトとも殆ど会っていないし、そもそもOが卒業後何処へ進学したか私は知らない。

 

年齢が重なり記憶が地層を形成して、奥底へ消え失せた「〇〇すれば良かった」は幾つもある。けれど、この後悔は何故か忘れることが出来ない。